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底なし沼からお届けします

生きる糧があるよろこび。

【ジャニーズと私】なにがあってもあなたが好きで、①

明日面接いやだな〜と思っている私です。

 

自己分析するにあたって私は絶対にアイドルを避けて通れない。

だから最近アイドルのことばっかり考えています。彼らの何が私を、ここまで夢中にしてきたのか。比べるものがほとんどないからわからないのです。

 

ーー

 

物心ついてすぐ、観ていたことを鮮明に覚えているのは「カードキャプターさくら」と「セーラームーン(おそらくRと思われる)。」特にさくらちゃんになりたくてステッキを買ってもらったし、小学生になってからはフリーマーケットでローラースケート買って酷く転びながら練習した。

 

あとはミニモニ。踊っていた。ここで一応アイドルという文化に触れているけど、これ以降私は一切女性アイドルに興味を持つことはなかった。小さい頃、ミニモニ。を踊っていたころは、もしかしたらアイドルになりたかったのかもしれない。しかし、地方民はアイドルなんていう職業を、例え幼稚園児でも夢に見る子は少なかった。私もそのうちの一人だった(それ以前に容姿とか容姿とか容姿とか、たくさん問題があるけど。)その反動で、女性アイドルを観ていられなくなったのかなあ、と今では時々思う。

 

あと、付け足すのであれば私は慎吾ママ世代だった。おっはー体操は幼稚園で踊った。我々の世代であの体操をやっていない人は、いないんじゃないだろうか。慎吾ママは我々の世代のバイブルである。

 

海外にいた頃は祖父母から送られてくる小学館の雑誌と、なぜか観れた「スッキリ!!」以外に日本のエンタメに触れることはなかった。

 

海外から生まれ故郷である東北に帰ってきた私を待っていたのは、テレビドラマ黄金時代だった。何せ「花より男子」と「野ブタ。をプロデュース」がやっている、天国としか思えない時代に帰ってこれたのだから、人生でラッキーだったことベスト3にランクインしてもおかしくない。それくらい私は幸運だったと思う。ちなみにこの頃初めて自分のお小遣いで買ったCDは、「WISH(嵐)」ではなく「青春アミーゴ修二と彰)」だった。

 

山Pが好きだった。それはもう好きだった。10歳が毎週、テレビの前で、「コン♡」にすっかりやられていた。しかしこのとき、私は山Pがジャニーズということを知らない。知るのはもっとずっと後、放送終了後のことである。なんなら、ジャニーズというアイドル事務所の存在も知らないまま観ていたと思う。海外から帰って来てすぐだったので、かなりそういったエンタメには疎かった。

 

花より男子」も、もちろん観ていたしとんでもなくおもしろかった。でも私は道明寺派ではなく、花沢類派だった。したがって道明寺を演じる松本潤について深く知ろうとしなかった。酷いときは、「松本潤?あんなのただのナルシストじゃん!」と言い放っていたぐらいだ。とんでもないミスである。今過去に戻れるなら一発自分の頭を殴ってあげたい。でもまあ10歳なので役者とアイドルという商品の違いが見分けられないのは、見逃してあげて欲しい(これは誰への言い訳なんだろう。)

 

そんな私に転機(?)が訪れたのは、この2大ドラマが終わった直後、友だちのお兄ちゃんからMDを貰ったときのことだ(ギリギリMDを知っている世代である。)

 

このお兄ちゃんはとても優しくて、日本のエンタメに弱い私をかわいそうだと思ったのか、その当時流行っていたJ-POPをたくさんMDに入れてプレゼントしてくれた。

 

そのなかに入っていたのが、「WISH」そして「Venus(タッキー&翼)」である。まず「WISH」を聴いて「あれ?!この曲『花より男子』の曲だ!」となった。そこでようやく、道明寺演じる松本潤「嵐」というアイドルグループに所属していることを知り、ぼんやりジャニーズ事務所についても知る。

しかし、それ以上を知ろうとしなかったため、またしても私のなかに誤解が生まれる。

 

松本潤=ナルシスト=ジャニーズはナルシストの集団

 

本当に当時の自分を殴ってあげたい(2回目)

 

さらに、「Venus」を聴いたことで誤解はもっと深まっていく。

「Venus」の人気はなかなかすごくて、小学校でもあの特徴的な踊りをしながら廊下を歩いている子がいたくらい、人気だった。だからこれを聴いたときの最初の感想は「あー、あの流行っている曲か!なんかノリ良くて面白いな!」くらいだった。しかし、歌番組でこの曲をやっているときにたまたま出くわし、そこで初めて恐ろしいくらい振りが完璧なジャニオタ集団と、テレビ画面越しに遭遇してしまった。

 

「いや...宗教やん、こわ...」

 

ここで、私のジャニーズ嫌いが確定した。

 

少ない情報で判断する、良くないところである。猛省している。代わりにこの頃の私は、アニメや漫画にハマっていた。主にジャンプ系の。それは自分からハマったというよりは、完全に周りの友だちの影響だった。それにオタクといえるほどの熱量を注ぐ暇もなく、学校や塾の合間に読んだり観たりする楽しみ、程度のものだった。

 

12歳になってまた転機が訪れる。

 

新しく友だちになった女の子が櫻井担だった。彼女が私を、後々この世界へ連れ出してくれる人である。しかし始め「嵐」が好きだという彼女に対し、私はちっぼけな持論を述べていた。「ただのナルシストの集まり」「あとファンの人が宗教っぽくてこわい」「二次元の男の方がかっこいい」...

 

やっぱり過去に戻って自分を殴り(以下略)

 

そしてこの年に放映されたのが、「山田太郎ものがたり」だった。この人たち(山田くん、御村くん)はジャニーズなんだという意識をはっきり持って観た、初めてのドラマだった。あまり好きになれない、大して知らないジャニーズの人が出ているけど、それでもなんかこのキャスティングは豪華だということは分かるし、面白いという感想を抱いていた。

友だちが好きだという翔くんの顔は確かにかっこいいな、頭もいいんだねすごいと思ったし、何よりニノの顔が好みだった。「ジャニーズは好きになれないけど、ニノの顔は好き」と櫻井担に言っていた気がする。

 

そこに何かの希望を感じたのか、彼女は熱心に嵐の冠番組やドラマ、CDなどを薦めてくれるようになった。そこで当時ゴールデンになる直前の「VS嵐」や「ひみつの嵐ちゃん」、「嵐の宿題くん」を時折ビデオに録画しては観るようになった。その頃「流星の絆」や「魔王」など嵐メンバー主演の名作ドラマが続々と放映されていて、彼らが出ている作品を観ることは容易だったし、ある意味好きになれる環境は整っていたとも言える。

 

しかし最初の意識改革のきっかけは、顔が好きだったニノが主演のドラマではなかった。

 

ひみつの嵐ちゃん」内のコーナー「モテ嵐ダメ嵐」で発した、大野くんの一言だった......

 

 

・・・・続きます