底なし沼からお届けします

生きる糧があるよろこび。

仮にピンク色のお星様がお隣のお兄さんだったら

「線香花火、最後のひとつだね。」

 

穏やかな声が耳を撫ぜる。幼い頃から好きだった。苦しいくらい優しい声音も、あたたかな眼差しも。誰にでもそうしてるんだってことも、知っていたけれど。それでも、ダメだった。他に誰も、彼以上に特別に思える人ができなかった。

それが酷く今は、悲しくて。

 

「はい、どうぞ」

 

何の躊躇いもなく渡された最後の一本の花火。今日実家の近くにあるこの公園で、約束していた花火を買ったぶん全部使ってしまったら。もう彼には会わないと、私は決めてきた。

 

最後に好きでしたと、言えるチャンス。

 

(言ったって、どうにもならないけれど)

 

「火付けるから、おいで?」

「...どうしたの?」

 

 

久しぶりに帰省してきた彼は、相変わらず今まで出会ってきた誰より煌めいていて、顔を横目で見るだけで悔しいくらいドキドキさせられた。もうすっかり大人だな~!ってニコニコ笑いかけられてどうしたらいいか分からず視線を背けた。

浴衣で花火がしたいとワガママ言った。仕方ないなーってお兄ちゃんの顔をして、一緒に浴衣を着てくれるなら、と条件を付けられた。必死になって浴衣を選んで、彼女でもないのにどんな浴衣が好きなのか必死に考えて。家に迎えに来てくれたときは、インターホンに映る姿にドキドキしすぎて出て行けなくて、母親に出てもらうようお願いして逃げた。姿見にちらりと映った惨めな姿に、じわりと涙が溢れた。玄関前に立っている彼にはとてもじゃないけど釣り合わなさすぎて。浮かれていたのが、バカみたいだと。

 

「...おーい。行かないの?」

 

ドアの向こうから聞こえる声が、やっぱり好きで、それはずっと変えられなくて、なのに今この瞬間はとっても憎らしい。

きっとあなただって気づいているのに、知らないふりをする。
知らないふりをして、優しくするんだね。

 

 

「…お、点いた」

 

彼の手で点けられた線香花火がパチパチと乾いた音を立てて、私の手元で燃えていく。
隣から光を覗き込む彼の、きれいな横顔を盗み見た。ビー玉みたいにきらきらした瞳のなかで、線香花火が煌めいていた。それに見惚れた瞬間、あ、と彼の唇がうすく開く。

 

「落ちちゃった、」

 

え、と自分の手元を見るといつの間にか最後の線香花火が消えていた。

 

「あんなに沢山あったのに、あっという間に終わっちゃったねえ」

 

ふふふ、と笑いながら彼は最後の花火を私の手から取り、水の入ったバケツに落とす。 ジュッ、とあっけなく熱は冷めて。
あれくらい簡単に私の中のこの熱も、消えてなくなってしまえばよかったのに。

 

「祥太さん、」

 

声をかけて、横顔がこちらへ正面を向いた瞬間、あ、ダメだと思った。

冷めてほしいと思っているのに、この恋が終わってしまうのが怖くて。

じわん、と涙が浮かんで溢れていく。ごめんね、違うの、と言葉にしたいのに、喉の奥が熱くてなにかを話そうとするときっと嗚咽しか出てこない。どうして最後までこうなんだろう。私だけがいつも必死で、勝手な思いで彼を困らせて。

 

黙ったまま、ギターを弾いてざらついた指先が、涙の跡を辿っていく。

…暗い夏の夜の闇に、このまま消えてしまいたいと願った。

 

 

 

顔がリアコすぎる自担に叶わない恋をしたいです(あれ?もしかして今もしてる…?)